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幸せがまわる
【君はポップスターより 神谷優心と七尾賢太郎】
賢ちゃん今日めっちゃええ笑顔やなあ、見てたらこっちまで幸せな気分になるわ――常連客に言われた、と賢太郎が電話口で笑う。喫茶店で仕事中の賢太郎を、優心はまだ見たことがない。だが想像はつく。人懐こい笑顔と穏やかな声。図体はでかいくせに、案外繊細。そして真面目。
たぶんいつだっていい笑顔だと思う、だけど今日は特別? なんかええことあったん、と優心が問うと、賢太郎は小さく咳払い。発送連絡、きたから――何の、と聞くまでもない。明日発売のユーシンのソロ写真集の話だ。お互い顔は見えないのに、きっと二人して赤くなっている。
正直恥ずかしい、でも嬉しい。賢太郎に見せられない仕事はしたくない。賢太郎の笑顔は優心の幸せ――そうやって幸せは、まわっていくのだ。グループメンバーのソロ写真集が出るくらいメジャーになったトイラブ…と思いきや、ファンクラブの限定アイテムあたりがありそうな線かと思っています。ユーシンの本にはエッセイも載っていて読みごたえがある体裁。賢太郎はまだ祖父の元で修行中で、常連客からは賢ちゃんとか兄ちゃんとか二代目とか呼ばれています。
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君はポップスター(7・完結)
(7)
両手に触れる優心のボアジャケットは暖かいし、人の身体の硬さというのは案外心地良いものだと思う反面、いくら人気のないところとは言えそこそこ明るい夜の公園で、オレら何やってるんやろうな、と思わなくもない。
ふ、と笑って優心が呟く、
「賢太郎めっちゃコーヒーの匂いする」
どうやらしがみついている間にマスクがずれたらしい。ダウンを着こんでいるが、それでもわかるのか。 -
君はポップスター(6)
(6)
不意に吹いた風が頬を刺す――が、それほど寒いとは思わなかった。興奮しているせいだろう。
優心はしばらく固まったように俯いていて、やがて小さく息を吐き、
「ありがとう。なんか、できそうな気、してきた」
そう言って笑った。
街灯のあかりだけでは心もとないが、心なしか表情が晴れたような気がする――もしかしたら、賢太郎がそう思いたいだけかもしれないけれど。 -
君はポップスター(5)
(5)
言い募る優心にどうしても反論したくなって、賢太郎は言った。
「え」
「少なくともオレは、テレビで優心見たら元気になるしなあ。頑張ってんの見て応援したなるし。アイドルてそういうのやろ? 優心そのものやん」
まあ自分の場合は、トイラブのユーシンより前に神谷優心を応援したい気持ちがあるわけだけれど――ふと視線を感じて振り向く。
「……え、と、その」
優心が、顎にマスクをひっかけたままでパクパクと口を開いたり閉じたりしている。 -
君はポップスター(4)
(4)
名前を呼んで、なあ、と振り返る。
公園の前を車が行き交い、スマホで何事かを話しながら歩道を通り過ぎる人がいて、公園は街灯だけが明るく、その足元の賢太郎と優心を照らしている。
優心は、
「……、」
帽子の下で目を丸くして、ただ白い息だけを零しながらしばらく固まったように賢太郎を見つめて――それから、ぐい、とキャップのツバを掴んで俯いた。ぽつりと呟く、
「……何で賢太郎て、いつもそうなんやろなあ……、」