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君はポップスター(5)

≪君はポップスター(4)

(5)

 言い募る優心にどうしても反論したくなって、賢太郎は言った。
「え」
「少なくともオレは、テレビで優心見たら元気になるしなあ。頑張ってんの見て応援したなるし。アイドルてそういうのやろ? 優心そのものやん」
 まあ自分の場合は、トイラブのユーシンより前に神谷優心を応援したい気持ちがあるわけだけれど――ふと視線を感じて振り向く。
「……え、と、その」
 優心が、顎にマスクをひっかけたままでパクパクと口を開いたり閉じたりしている。 
「ん、何」
「賢太郎、見てんの? テレビとか」
「当然やん何言うてんねん。公式チャンネルの配信も見てるわ」
 何なら目覚ましの曲はデビューアルバムのユーシンのソロやし、ライブには行っていないけどついこの前も映像見返したところやし――今日久しぶりに優心の顔を見た時に『実物だ』とそわそわしてしまったのは、たぶんこのせいだ――スマホの待ち受けはパンフレットに載ってた写真を自分で撮影したやつやし、と、勢いでしゃべってからふっと我に返る。
「……あ、」
 優心は自身のメディアでの露出を、友達にあまり見られたくない――わかってたしこの一年は特に気を付けていたのに。やってもうた。
 目の前の優心は握りこぶしを口元に当てて、絶句している。
「……ごめん、ウソ、今の忘れて。ウソウソ、冗談」
 と、慌てて取り消すがもう遅い。
「え、ウソなん?」
「……ウソ……ではないです」
「スマホ見せて」
「……、」
 言葉の圧力がすごい。とっさに差し出し、画面を見せる。そのライブはカフェでデートというコンセプトで、他の撮影で使うカップを真剣に選んでいる写真――パンフの中で賢太郎が一番好きなユーシンのオフショットだ。
「うわっホンマや……」
 想像以上にガチなトーンの優心の言葉が、胸に刺さる。
「ごめんて……、」
「や、……えっと、え、その、パンフも買ってくれて、ん、の?」
「ライブは行かんほうええかと思って、パンフとDVDだけ買って……」
「マジで……、」
「そやしごめんて、もう言わへんから」
 見るのをやめるとは言いたくないので言わないし、できれば待ち受けも許してほしい――なんでなん、と優心が言った。
「なんで、て」
「あ、いや、じゃなくて、なんでていうのは、もう言わへん、て。オレ、賢太郎があんまりそういうの言わへんから、見てへんのかなって思ってたのに」
 優心の言葉の風向きが微妙に変わった――気がする。
「え、だって、前にそういうの言われンの恥ずかしいとか言うてたから、」
「それって、前会うたときの話?」
 去年の夏、優心がこっちに帰ってきて、中学の頃からの地元の友達五人で集まったときの話だ。夜の報道バラエティ番組で新人アイドルについての特集をやっていて、デビューしたばかりのトイラブがほんの数秒映った。曲も少しだけ流れた、それを、集まったみんなが見ていた。その話題になったとき、優心は、そういうの恥ずかしいし嫌や、と言っていて――だから。
 うん、そう、と賢太郎が頷くと、優心は、それは、と一瞬言葉を探し、
「それは、……他の人、の話やんか」
 と言い直した。他の人――賢太郎以外の?
「見たでぇ、って、なんか……からかうみたいに言うから。そういうのは、恥ずかしい、ていうか、……普通に嫌やし。けど、賢太郎やったらええねん。ああいうのと違うてわかってるから」
「そう……そうなん?」
 賢太郎が問うと、優心は強く頷いた。
「うん。賢太郎やったら、いい。嬉しい」
 それは――優心との間の信頼、とか、そういうものだろうか。優心の口元は笑っている。賢太郎が見ているのに気付いたからか、優心は慌ててマスクを引き上げ両手でその頬を押さえ、んん、と咳払いを一つ。全力で引かれたかと思ったけれど、これは待ち受けも許されたということだろうか?
「……ほな、言うけど、めっちゃ見てる」
「めっちゃ見てんのかあ……、」
「てかオレが見いひんで誰が見るねんて。……や、見るか。ユー担の子いっぱいおるもんな」
 賢太郎がそう言うと、優心は手を頬に当てたまま、ひえ、と変な声を上げた。
「担とか!」
「ユーシン担当やろ」
「賢太郎にそういうん言われんのは、やっぱなんか恥ずかしいな……」
「ごめん。イヤやったらもう言わへんけど、待ち受けは許して」
 賢太郎のその言葉に、優心は今度は声を立てて笑った。
 
「ええと、ほんで何の話やったっけ……、」
 声に出してから思い出す。舞台のオファーを受けた優心の迷い。他のメンバーと自分を比べて感じる不安。どうしても決められず賢太郎に託された選択――優心の行動の謎が解けてすっきりした。相変わらず、悩み方が真面目やな、と思う。
「あのな、優心。オレはっきり言ってトイラブの他の人のことはあんまり見てないしよう知らんけどさ」
 それは半分ウソで半分本当。ピンク、オレンジ、黄色、水色――トイラブの他の四人の名前やキャラクターは、公式サイトやネット上の百科事典に掲載されている情報程度なら知っている。優心しか見ていない、というのだけが、事実。
「やっぱ五人おるんはそれぞれ持ち味ていうか、そういうのがある訳やん? 別々に仕事依頼が来るんやったら、他の人と比べることでもないやん」
 賢太郎がそう言うと、優心もまじめな顔になって、
「……ん、」
 小さく頷いた。
「そんなん言うたら、雑誌の連載あるのは優心だけやんて話やし」
「え、まさか賢太郎アレも読んでんの!? 女子向け雑誌のお悩み相談コラムやで」
「妹が買ってきてくれんねん」
 四つ年下で今年高校二年の妹のことは、優心もよく知っている。アイドル好きになったのは賢太郎が高校生の時に優心が当時やっていたご当地アイドルのステージに連れて行ったのがきっかけらしいのだが、彼女は今、ドームツアーが当然のビッグネームなアイドルを箱推ししている。
「めぐちゃんええ子やな……」
 優心がしみじみと言うので、一応真実も伝えておく。
「残念イケメンが今月も偉そうなこと言うとる、て言いながら持ってくんねん」
 ぶは、と優心が笑った。
「ひっど! まあでもオレ自分でもそう思ってるけどな、なに偉そうなこと言うてんねんとかって」
 優心が担当しているコラムのテーマは、学校で友達とうまくいかないとか彼氏ができないとか、そういうティーンのかわいらしい悩みだ。それに対して優心は、賢太郎にしてみれば完璧に、トイラブのユーシンとしてそつなく親身に回答している。ある程度は編集の手が入っているのだろうと想像はしているが、これは惚れてまうやろ、と毎月思う。
 賢太郎の妹のめぐみはそれこそ幼稚園の頃から優心のことを知っていて、優心は当然このルックスだし、めぐみは当時からすでに面食いで、優心君がお兄ちゃんやったらいいのに、くらいのことは平気で言っていた。ただ、優心の上京が決まったころから、優心のことを『残念過ぎるイケメン』と呼びだした。彼女の言を借りれば、『優心君はイケメンやのにお兄ちゃんのことが好きすぎるのが残念』ということらしい――これは優心公認の、ある意味愛のある悪口である。本人に向かって言うと、『そやろ、残念やねん』と返されるそうだ。賢太郎はまだ聞いたことがない。
「なあ、さっきさ。今日はオレに会いに来たって言ったやん」
「……ん? うん。言うた」
「オレちょっと待たしてしもたけど、来たやん」
「うん、」
「会えてよかったって、思った?」
「……、うん、思った」
 優心が頷く。その声に、強い意志を感じた――優心はたぶん、賢太郎の質問の意味に気付いている。
「そっか」
 思った通りの返事があって、賢太郎はニカっと笑う。
 つまり、優心の中には、たぶん最初からその気持ちがあったということだ。
「ほんなら、もう、決めてるんやな」
 演じること自体に自信はないしトラウマでもある、だが自分に与えられたチャンスを掴みたい。大役を頑張ってみたい――でも。だけど。だから。
 優心は、うん、と頷き――かけて、まあ一応な、と付け足した。
「けど、こんなんまだ決めたてホヤホヤやもん、湯気でてるし」
「湯気は出んやろ」
「まだ迷ってんのはバレたやん」
 それは湯気のせいじゃなくてオレやし気付いたんやで、とは、思っていても言わない。
 んん、と優心は少し考えるように視線を落とし、
「……ホンマに大丈夫かな、とかオレでええんかな、とかはたぶんこれからもずっと思ったままやと思う。けど、……ちゃんと会えたから。そやし今日はいつも愚痴ってるみたいにぐちゃぐちゃ言わんで、かっこよく爽やかにほなまたな!って言いたかったんやけどなあ」
「それは無理やろ」
「どういう意味やねん」
「どうもこうも」
 それが神谷優心の魅力だからだ。まばゆいステージの上のユーシンからは想像もつかない、もしかしたら賢太郎の前でしか見せない――そうであってほしい――優心の素直でかわいいところ。
 そして賢太郎の使命は、迷っている優心の背中を押すことだ。
「オレは、優心のいてる業界ってよう知らんけど、芸人の無茶振りみたいに、出来へんことやれていうんとは違うやろ。適材適所っていうかさ? テレビ向きとか、モデル向き、とかさ。ほんで優心は、たぶん映像より舞台の方が向いてるって思われたからそういう仕事が来たんやろうし」
 本当のところは何一つわからない。優心なら映画だってドラマだって、モデルだって何でもやれるんじゃないかと思っている。それは、優心がちゃんと努力できる人間だから。
「だいたいトラウマ言うて、亀の時かて本番はちゃんとできたやんか」
「それは……だってめちゃくちゃ練習したし……。賢太郎も付き合ってくれたやん」
「ほな、練習したらええやん、今度も」
「……、」
「芝居なんて普段やってないこと、自信なくて当然やん。だから練習するんやし。ダンスもめちゃくちゃ頑張ってるやん。努力できるのも才能やで」
 小学生の時から音楽にもスポーツにも秀でていた優心だが、こう動かなければならない、と意識すると動けなくなる――だからダンスも、変に意識するとあかん、と前にメッセで言っていた。だがPⅤやライブ映像、生放送の歌番組でさえ違和感はないから、よっぽど練習しているのだと思う。優心は、おそらくその真面目さゆえに、頑張ることができる。
 無言でいる優心の様子を伺うと、優心は揃えた膝がしらに両手を置いて、
「……うん、」
 小さく頷いた。
 その丸くなった背中を、ぱん、とはたいてそのまま肩に手を置き、賢太郎は笑いかける。
「どんな舞台かもどんな役かも知らんけど、お前が芝居してるとこ、オレは見てみたい。見たいて思てるユーシンのファンも、めっちゃおると思うし。ほんで、同じ見るんやったら出番多い方が嬉しいし」
 言ってから、まるで自分はただのファンではないから、と言いたいみたいになったな、と思ったが、実際そうなので訂正はしない。賢太郎はユーシンのファン、ではなくて、神谷優心そのものを応援している。大事に思っている。これは恋ではなく、たぶん愛と呼ばれるものだ。
 出番が多い方がいいなんて軽く笑い話のように言ったが、出番が多ければそれだけ、役柄が重要ならさらにその分、優心が感じるプレッシャーは大きくなる、それはわかっている。上手くできなかったら、失敗したら、苦手意識があればそんな不安はなおさらだ。だけど。
「大丈夫や、優心。お前やったら」
 見えないところで努力をして、悩んだり不安になったりなんてしょっちゅうで、だけどそれは表に出さず、ライブでも配信でも、雑誌の紙面上でさえ眩しいくらい輝いている、そんな優心なら、きっと何でもやれるし何にでもなれる。
 それでもやっぱり不安なときは、――オレがいつでもここにおるからな。

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