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君はポップスター(3)

≪君はポップスター(2)

(3)

 賢太郎の卒業後の進路がようやく定まったのは、ほんの数日前のことだ。
 父親は継がなかった祖父の喫茶店を、賢太郎が続ける――せっかく大学まで行ったんやから、一度はどこかの会社に就職して、喫茶店やるのはその後でもええやんか、と両親は言った。学費を払ってもらっている手前、親の意見ももっともだとは思った。けれど、そろそろ歳やしなあ、と引退を匂わす祖父から店のことを教わるなら、回り道をしている暇はない。
 説得を続け、あまりいい顔をしていなかった両親、主に母親が、最近になってようやく折れてくれた。
 
 去年の冬頃から、優心には時々打ち明けていた。
 大学ではそれなりに勉強もしているし、友達もいる。居心地が良くて手伝い始めた喫茶店のアルバイトもなかなか楽しい。そこそこ充実した学生生活。卒業してからやりたいことも特に思いつかないのなら、大学の友達と揃ってリクルートスーツを着て、適性試験を受けたりして業界や会社を選んで、説明会へ行って試験を受けて……それがええのかなあ、と思うこともあった。
 だけど、心のどこかで、ほんまにそんでええのか、と思っている自分もいる。ネクタイを締めて革靴を履いて通勤電車に揺られて――働く自分が想像できない。
 高校の頃からちゃんと自分のやりたいことがわかっていた優心なら、なんと言うだろう? メッセで相談していた時、優心は言った。
『もし選べるんやったら、自分が今ホンマに大事やと思ってること、やるんが一番いいと思う。誰かに言われて選んだ先で、うまくいったらいいけど、あかんかったら、誰かのせいにしてしまうやん。』
 どっかの誰かの受け売りやけど、と舌を出した笑顔の絵文字をくっつけて送られてきた言葉の意味を、賢太郎はそれからしばらく考えていた。
 『ホンマに大事やと思ってること』――オレが、今、一番大事にしたいものは何やろ?

 かけがえのない、誰にも譲れない、大切にしたいもの――すぐに思い浮かんだのは、やっぱり優心のことだった。
 東京で頑張ってる優心がいて、それを遠くから応援して、でも時間が合えばメッセの返事はすぐに来るし、しょうもないこと言い合って、たまに通話もして、相談したりされたり、励ましたり励まされたりする、こういう時間は誰にも譲れない。
 だけど、それがどう『やりたいこと』になるのか、全くわからない。好きなもの、好きなこと、と思えばすぐ考えつくのにな。自分の単純さに呆れるばかりだった。
 祖父がそろそろ店を畳むか――なんてことを言いだしたのはまさにその頃で、それでやっと賢太郎の迷う心に光が差した。
 優心が世界で一番好きだと言ったナポリタン。優心と一緒に祖父に意見した、アイスクリームのウェハースの種類。高校くらいまではそれほど美味しいと思えなかったコーヒーも、最近ようやく上手く淹れられるようになったから優心にも飲んでみてほしい。優心と一緒に過ごした祖父の店、その場所を、その時間を、大切だと思う。大事にしたい。続けていきたい――できるかな? いや、できるかどうかじゃなくて、やるねん。
 喫茶店継ごうかなと思って、親の説得はこれからやけど、と優心にはそれだけ伝えてあった。ええやん、絶対いい、応援してる、そう優心に励まされ、両親から卒業後は専門学校へ行く了承を得るまでに半年かかって――からの、今だ。
 優心、優心、優心。思った以上にそればかりの自分に、あれ、オレそんなにか、と、ちょっと恥ずかしくなって、けれどもすぐに開き直った。だってホンマにそうなんやもん、しゃーないやん。
 小学三年生で同じクラスになってからの、長い付き合い。優心は反論するかもしれないが、先に懐いてきたのは優心だ。
 あの頃からすでにかっこよくて、スポーツ万能、性格も良くて歌も上手いのに決して驕らない。天に二物も三物も与えられたような非凡な存在から寄せられる好意が、賢太郎は単純に嬉しかった。
 一緒に帰ろうと誘われたら次は自分から誘ったし、親の不在が多かった優心を家に呼んだり、祖父の店の隅で一緒に宿題をしたり――たぶん、小学生の間は、勉強に関しては自分の方がちょっとはマシだったと思う。算数が苦手だった優心に解き方を教えて、先生より分かりやすいと尊敬の眼差しで見つめられると鼻が高かった。
 最初は、これといったとりえもない平平凡凡を地で行く自分が『あの』優心に好かれている、というどこか誇らしいような気持ちもあったが、ちょっと勉強が苦手で食べ物の好き嫌いも多くて、案外言うことが腹黒くて大笑いすると表情が崩れる、そういう色んな面を知るうちに、キラキラしているところもそうじゃないところも全部含めて、賢太郎自身が優心のことを好きになった。
 信頼されれば同じだけ返したい、自分のやりたいことに全力で取り組む優心を心から応援したい、そのためにできることがあれば何だってやりたい――でもそれは、優心のため、ではなく、全部自分のためだ。
 ずっと一緒にいて、今は遠く離れて、それでも気持ちはずっと変わらない。
 自分でも驚くくらいに、賢太郎は優心のことが好きだった。

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