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アホの横山とカシコの中田2(1)

(1)横山健琉と中田周がそういう関係になるまでのあれこれ

(20200830改稿)

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 幼稚園当時の横山健琉は、落ち着きのない子供だった。
 栓のゆるい蛇口から漏れる水滴、新しく貼り出された季節の飾り、先生の腕時計の秒針についている星の絵、教室に迷い込んできたカナブンの羽音――目に映るもの耳に聞こえるもの、気になったら確かめずにはいられない。だから、じっとしている暇なんてなかったのだ。
 そんなん今もやん、と言われたら確かにその通りなのだが、あの頃に比べたら成長した分それなりに視野も広くなったので、体育の授業中に蝶が飛んでいても目で追う程度で追いかけないし、下校途中の庭先に柿が生っていても飛び上がって取ろうとはしない。ちゃんと玄関から訪って、うまくいけば分けてもらえる。分別がある。落ち着きがない、は卒業して、今はせめてフットワークが軽いと言って欲しい。
 あの頃は、確かに今ほど――高校二年になった今ほど、訳がわかっていた、とは言わない。わかっていないからこその行動だった。けれども健琉だってむやみやたらとふらふらしていたわけではない。
 周りに自分の興味を引くものが多すぎたのだ。
 兄や姉、近所の友達と遊んだ公園より、はるかに広い砂場。色とりどりの遊具。抱えるほど大きな積み木。家とは違う匂いがするトイレ。雨が降っていても明るい教室。普段は別の部屋にしまってある、たくさんの楽器。それまで見たことも無かったサイズの絵の具やいろんな色の画用紙、折り紙。大きな絵本。みんな同じ歳だというクラスメート。先生たち。園庭の小屋で飼われているもこもこしたうさぎ。『ようちえん』というところに通うことになって初めて出会った、色や形、音、匂い、熱、光――これまで自分の周りにはなかった、目新しさに心を奪われた。
 その中で何より健琉の興味を惹いたのが、『中田周』の存在だった。
 
 *
 
 健琉と周が初めて顔を合わせたのは、幼稚園の入園式の日。式場になったお遊戯室でばったり出会した母親たち――知らない名前で呼ばれた健琉の母、呼び掛けたのは周の母。二人は高校時代の友達で、後から考えるとあれは母の旧姓だ。
 歳の離れた兄と姉の間に転がされるように育った健琉はその頃物怖じということを知らない子供だったので――まあそれこそ、今も大概やけど――、母が話を弾ませている相手、つまり母の友達の、スーツの裾にしがみついている、自分と同じ黄色い帽子をかぶった子供にいきなり話しかけた。なあなあ、ウェザリオンのだれがすき? 相手は固まったままパチパチと瞬きをし、それから、しらん、と首を振った。
 当時健琉が夢中だった、テレビの中の戦隊ヒーロー。兄や姉、近所の友達もみんな見ていた。おもちゃも持っていたし、おまけのカードも集めていた。それが健琉の世界の常識だった。
 それを知らないなんてことが、あるのか? あるのか。それはまるで『未知との遭遇』――となれば、異星人とはぜひともコンタクトを取りたいのが健琉である。
 ほなあれは? これは知ってる? アニメのキャラクターから食べ物まで質問攻めにして、気がついたら二人して、ケラケラ笑っていた。もう仲良しなん、と母に問われて、うん、な、と振り返ると、その子はそれまでの笑顔をさっと引っ込め、口元をきゅっと引き結んで、だけど小さく頷いた。他のことはあいまいだったり、後から記憶を作っている可能性も否定できないけれど、これは確かにはっきりと覚えている。

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 『中田周』は、健琉や健琉の世界にそれと気づく前から当たり前にあった、他の誰とも違っていた。
 ヒーローのことは知らないが、アニメのキャラクターは少しだけ知っている。ゲームは持っていなくて、シールも人形も集めていない。大きい声でいきなり歌い出さないし、靴のかかとも踏まない。むやみやたらと走り回ったりもしない。幼稚園で教わったわけでもないのに、ひらがなをすらすら読む。お話を聞く姿勢と言われたら、ン、と口を閉じ、きちんと座って両手はおひざ。一秒たりともじっとしていられない健琉には信じられないくらい、周はかしこくて、最初から『ちゃんとしていた』――自分とは違う、と健琉は思った。
 ただ幼稚園の頃の周は、良い子、には違いなかったが、高校二年現在の周が位置するところの『優等生』であったかというと、そうでもなかった――今思えば。
 大きい声で歌わないどころか、当時の周はほとんど喋らなかったのだ。母親や、主に送り迎えをしていた周のばあちゃん、そして、どういうわけか健琉以外とは。
 健琉と二人なら当たり前に話したし、健琉には図鑑で見た動物や乗り物の名前をたくさん教えてくれるのに、幼稚園の先生や友達には、頷くか首を振るくらい――それも、『これがいい』『嫌だ』ではなく『これでもいい』『違う』程度の意思表示。要するに周は、幼稚園ではまったくと言っていいほど自己主張をしない、無口でおとなしい子供だった。
 帰り道ではたくさんしゃべっていろんなことを教えてくれるけど、幼稚園では恥ずかしがり屋で引っ込み思案――と言ったのは先生だ――の周は、自分から提案したり誘ったり、何かを希望することがほとんどなかった。みんなで一緒に絵を描きましょう、みんなで一緒に縄跳びをしましょう、先生からそう言われなければいつまでだって一人で絵本を読んでいる。
 一方の健琉は、いろんなことに興味が湧いて、思いついたことはとにかくやってみたい、だからいつだって真っ先に動く。周りには常に誰かがいたし、あの頃の健琉は、思えばちょっとした人気者だった。一人でいることが多かった周とは真逆で――やっぱり、自分とは違う、と思った。
 健琉が生まれて初めて、自分とは違う、と認識した相手――そして、幼稚園ではおとなしいのに健琉にだけは雄弁な態度、二つの顔をもつ『中田周』。好奇心旺盛な健琉は当然興味を持った。気になったら確かめずにはいられない、それが健琉の性分だ。幼稚園の帰り道に面と向かって、ようちえんでしゃべらへんの、なんで、と、尋ねたことはもちろんある。周は少し首をかしげて、わからへん、と答えた。そっか、わからへんのかあ、と健琉が頷くと、周は何がおかしいのかアハハと笑い、健琉もつられてアハハと笑った。幼稚園の外では、周はよく話しよく笑うごく普通の子で、だからこそなぜ園では口をきかないのか、本人にもわからないというのがますます健琉の好奇心を刺激した。
 もうそうなったら、中田周という存在そのものが気になって仕方がない。周が読んでる絵本、周のお弁当のおかず、お絵かきの時に周が選ぶ色、遊んでいる時の顔。周の態度や表情、何に興味を持ち、何が好きで何が嫌いか、知りたいと思う。その頃から『そういう意味で』惹かれていた、というのはまあさすがに、思い出補正が過ぎるけれども――とにかく健琉は周の一挙手一投足を見届けるためそばにいたくて、だけど外にも遊びに行きたいし、みんなで植えた朝顔が咲いたかどうかも気になるし、だから自由遊びの時はいつも周を誘って、一緒に遊んだ。
 他の子供達の誘いはまるで聞かないし、先生なら何度か声をかけてようやっと絵本から顔を上げる周も、どういうわけか健琉が誘えば、いつもうんと頷いた。

 *

 そんな周があの日、幼稚園ではたぶん初めて、自分の意思で健琉を誘った。
 健琉が好奇心に任せて使用直後のアイロンに触り――あの小さな機械を滑らせるだけで布がきれいになるのが不思議だったのだ――手首に火傷をした夜の、翌日。
 
 火傷専用の絆創膏を貼って、包帯を巻いて。濡らしてはいけないから砂遊びもできない。そもそも火傷したところが痛いから、遊具にも登れないし縄跳びもできない――何にもできない。火傷をしたこと、アイロンを触って叱られたこと、それよりなにより、砂場も遊具もあかんからね、と言われたことの方が辛くて、あの朝の健琉は元気がなかった。他の子に誘われても、今日は外で遊べない。砂場に三日前から作り上げてきたトンネルは、健琉がいなければきっと誰かに壊されてしまうだろう――そんな悲しみのどん底にいた健琉に差し伸べられた救いの手。周だった。
 周は、健琉が火傷のせいで外遊びできないことを知っていて、一緒に絵本を読もうと声をかけてくれた。いつも以上にずっとそばにいて、あれこれ気遣ってくれた。他の子どもたちに向かっては、たけるくんやけどしてはるからぬらしたらあかんねん、と、いつになくはっきりと口にして、火傷していない方の手をぎゅっと握ってくれた。何日か経って、絆創膏を外しても良くなったときには、治ってよかったなあ、と喜んで、満面の笑顔。
 なんだか照れ臭いし、ちょっと恥ずかしい、だけど、嬉しい。すごく。ものすごく。
 親や兄姉が自分に厳しかった、というわけではない。幼稚園の先生も優しかったし、他の子たちとも仲はよかった。愛されている、という自覚は当時はなかったけれど、今思い返しても取り立てて人の温もりに飢えていたということはない。
 だけど、あのおとなしい周が自分から誘ってくれた、ずっとそばにいてくれた、健琉のためにはっきりと意見を主張し、火傷した自分の世話を焼いてくれた。親にだってそんなに構われたことはなかった――砂場のトンネルは壊されてしまったけど、周のおかげで寂しくもつまらなくもなかった。
 自分は、周に大事にされている。そう思った。
 ――オレ、周の『とくべつ』なんや。
 そうなったらもう何もかも、そうなのだと思ってしまう。今、特に周に関しての妄想に歯止めが効かないのは、もうすでにこの頃からそうだった。幼稚園ではおとなしい周が、自分と二人の時だけは当たり前に話したり笑ったりするのも、自分が誘えば本を読むのをやめるのも、自分が周の『とくべつ』だからだ――。
 それはとてもいい気分だった。
 興味を持って気にしていた対象からそんな風に思ってもらえるなんて、初めてだと思った――例えばウェザリオンは健琉にとっては特別なヒーローだけど、彼らにとっては健琉だけが特別ではない。なぜなら健琉はまだ、ウェザリオンに会ったことも、助けられたこともなかった。周は違う。自分にだけ。自分だけ。
 
 この時感じた『いい気分』の正体を、健琉は今なら知っている。要するにあの時、周の献身を感じた健琉は、『自己肯定感爆上げ』の状態になったのだ。
 その快感を知ってしまった健琉がそれからどうなったか? ――どうもこうも、すっかり世界の中心が周になってしまった。
 いろんなことに興味を惹かれ落ち着きがないのも、率先して飛び出していくのも相変わらずだったが、園庭のうさぎの餌を盗み食いして腹を壊し園を休んだ時は、周が寂しがっていたと先生や周のばあちゃんから後になって聞かされ、周からも「もう大丈夫なん、そんなんしたらあかんで」と泣きそうな顔で言われたりした、それが『火傷事件』以降の健琉にはひどく刺さって、以来周が泣くようなことはぜったいせえへん、と決めた――くらいには、周の意見を行動の指針にするようになった。
 周があかんと言えば、それはあかんこと。だから理由がなければやらないし、理由があれば、ちゃんと説明する。
 周に喜んで欲しい、笑って欲しい、かまって欲しい、もっとずっと一緒にいたい。周にとって『特別』な自分でいたい。周のことが好き。大好き。これは、当時はまだ無自覚な、健琉の『初恋』だ。
 あの頃の自分が何を考えていたかなんてほとんど覚えていないのだけれど、周に関する記憶だけはしっかり残っている。だから今でもはっきり思いだせる。
 火傷をした時、周は自分を大切にしてくれた。だから自分も、周のことを大切にする。
 オレは周の特別――だったら周も、オレの特別。
 幼稚園の頃の健琉は、本気で周と結婚したいと思っていた。

 *

 ただやっぱりあの頃の自分は、今ほど訳が分かっていたとは言えない。
 ウェザリオンが好き、ハンバーグが好き、黄色が好き、周が好き。『好き』にもいろんな種類があって全部が一緒じゃないこと。周とずっと一緒にいたいけど、結婚はできないこと――は小学校に上がってから知った。
 ほなオレは周にとって唯一無二の親友になるんや、と決めたのに、周への気持ちが親友という関係では物足りない――この気持ちが『恋』であると自覚したのは、中学の時だ。
 その頃、健琉は相変わらず色んなことに興味を示し、成長した分できることが増えたせいで落ち着きのなさに拍車がかかっていて、一方周はすっかり『優等生』で、成績トップリーグの常連だった。
 自分から進んで何かをするわけではないが、頼まれれば引き受けてきちんとこなす。小学生の頃の登校班の班長も、中・高と続いたクラス委員も、周についた役職はいつも他薦だった。面倒ごとを体良く押し付けられているようにも見えたけれど、できるしええかと思って、嫌なときは嫌やて言うし、と周は笑った。
 周がそう言うならそうなんやろ、とは思っていた、だけど、周が健琉以外の誰かに『嫌だ』なんて絶対言わないことを、健琉は知っていた。だから、周に何かあればすぐに助けられる自分でいたくて、とにかく周の一番近くにいようと思った。
 健琉が何かを『やらかし』て、周がそれを止めたり叱ったり、呆れて笑ったりする。健琉は周のいうことはちゃんと聞く。幼稚園を卒園するあたりからだんだん誰とでも言葉を交わすようになった周も、そんなふうにはっきりと感情を表に出すのは、やっぱり相変わらず、健琉に対してだけだった――それですっかり、『アホの横山とカシコの中田』ニコイチの出来上がり。傍から聞けばなんとも不名誉な言われようだが、『アホ』と言われてもたいして気にならないのは、周が健琉をそう呼ぶときに、人を見下したり貶したりする意図がないからだ。周のその言葉には、愛を感じる。周にそう呼ばれるのは、むしろ嬉しい――そして他の誰がどんなつもりでそう呼んだとしても、健琉は全く気にも留めない。どうでもいい。
 狙ったつもりはないけれど、そういうことを続けているうち結果的に、周の隣――親友の座は、健琉のものになった。
 
 周に何かあればすぐに――周の母親の異変があったのはちょうどその頃だ。
 あの時健琉は周を助ける手段として、周のそばで普段と変わらずに接する、という方法を選んだ。不安に押しつぶされて、今にも壊れてしまいそうな周の表情が、いつものように弁当のおかずをつまみ食いした健琉を見上げてふっと緩んだ、その瞬間――健琉は自分の『恋』を自覚した。

 手を伸ばして頬や髪に触れたい。今にも泣き出しそうな目元をぬぐいたい。周が何も考えられなくなるくらい、強く強く抱きしめたい。そんな衝動は、たぶん親友の域を越えている。

 それまでも、それからも、周の態度は相変わらず、健琉を特別だと言っている。だけど周のそれは『恋』じゃない。――や、もしかしたらそう、やったら、ええな――それはただの夢か妄想で、それを確かめることは、健琉にはできない。
 なぜなら周は、健琉の甘やかし方を心得ている。健琉の『やらかし』を諫めるときも、それはあかん、ここまではいいけど、と、動かずにいられない健琉のための妥協点を用意している。もし健琉が、周に想いを打ち明けて、周の気持ちを確かめたら? 嫌なことは嫌やて言う、という周の言葉を信じてはいる、だが一方で、健琉を甘やかしてくるのは目に見えている。『恋』じゃなくてもきっと、自分に応えられるラインを示してくれる。それを期待してしまうのも嫌だ。
 そしてもちろん、いくら周が健琉を貶めるようなことは言わない人間だったとしても、健琉の気持ちは全力で拒絶される可能性も、絶対にないとは言えない。怖い。だから――聞けへんし、言えへん――言わへん。
 好きという気持ちを何かに置き換える必要はないと思った、だから健琉は、周のことが好きで、それは『恋』で、だけど――打ち明けんでもいい。『そういう気持ち』で周に触れたりもせえへん、絶対。
 
 いつだって何かが気になったらじっとしていられない健琉がそれでもおかしな方に道を踏み外さずにいられるのは、周がいるからだ。周と一緒だから学校にもちゃんと通うし、中学の間は部活にも顔を出した。宿題は、まあ、したりしなかったりだが、それも周と一緒にならちゃんとやる。同じ高校に通いたかったから受験の時は頑張ったし、一緒に卒業できへんぞ、と周に言われたから、中学の頃よりは真面目に授業も受けている。
 健琉にとって周は、夜空の北極星、導き星、旅の目当て。健琉の目にはなによりも輝いて見える、清らかで高潔な星の光――色も白いし、きれいやし、触れられないと心に決めたから。そんな特別で大切な存在を守るために、健琉は、誰よりも周の近くに居たい。高校二年になって初めてクラスが分かれたけれど、それくらいどうということはない。もしこの先、周に自分よりもっと特別な人ができたら、それが周の幸せなら、その相手ごと見守ったる、それがオレの幸せや、くらいの覚悟でいた、のに――二学期の期末試験直前に判明した、驚愕の事実。
 
 確かめるのが怖くて聞けなかった、だったらいいなとは思ったし妄想だけならずいぶんお世話になった、まさかのまさか――自分と周が両想いだったなんて。

 *
 
 聞けない、打ち明けられない、触れられない――周への恋に気付いてからずっとそうやってきたのに、周がクラスメートから告白された、なんて話を聞かされたらその決意は一瞬で崩れた。
 ――そんなん聞いてないし。
 ――オレは我慢してんのに。
 ――その子は周に触ったんやろか、もしかしてキスなんかしたんちゃうやろか。
 ――相手ごと見守る、なんて、誰が言うてん。
 一番近くにいたはずの自分に、周について知らないことがあった、それがまずショックだったし、ただ周のそばに自分じゃない誰かが居る、二人が笑顔で何事かを話している、そんな想像をしただけで黒いモヤモヤが胸に広がってしまう。周に関する妄想に歯止めが効かないのは昔からで、そんな自分が嫌で嫌でたまらなくて――もうこれはとにかく周に聞かな始まらん。
 回りくどい誘い方をしたし、少しずつ核心に近づくような聞き方になったのはとにかく怖かったからだ。告白に応えたんじゃないのかとか、周にはすでに『そういう関係の』自分じゃない誰かがいるんじゃないのか、とか――知りたいのに、知るのが怖い。
 だけどそれは健琉が一人で考えていたってなにも解決しない。だから、怖い、けど、聞かなわからん――健琉が尋ね、周が答える、そのたびに変わる周の表情、視線、仕草、話し方。周がそんな風に感情を表に出すのは、いつだって健琉に対してだけなのだ。そしてようやくたどり着いた、周の『好きな人』。健琉の胸の中の不安は希望になり、やがて確信になった、だけど、まだ怖い。そこからは勢いだけで突っ走った。

 ――もしかして、オレ?

 健琉は自分の気持ちを伝え、周の想いを知り――なんとキスまでしてしまった。
 小学五年生以来『封印』していた名前呼びも復活したし、翌日には友達にも気づかれる運びとなり――これについてはどうやらもっと前からバレていたらしい――、周と健琉は晴れて、幼なじみ兼恋人になった――あれ、なった? よな?
 そのあたりがはっきりしないのは、気持ちを確かめあったあの日からすぐに期末試験、土日にはそれぞれバイトが入っていたり用事があったり模試があったり、あれよあれよという間に終業式、夏季講習と特別講座続きの夏休みに突入してしまい、なんだかんだと忙しく――周とゆっくり話す時間がなかったからだ。
 思いを打ち明け合い、恋人かどうかはさておいても長かった片想いが両想いになり、夢のような薔薇色の日々の幕開けである。そこにやってきた『せっかくの夏休み』――なのに、時間がない。その上、健琉に関しては余裕もなかった。
 やらなければならないこと、その上に考えなければならないこと、悩ましいこと、知りたいことが、あまりにも多いのだ。
 周の方はきっとそうでもないのだろうけれど、健琉に限って言えば、今まで考えずに来た、考えなさ過ぎたツケが回ってきた、ような気がしないでもない。
 『特別』だけど『当たり前』であることとか。
 変わらないことと、変わらなければならないこととか。
 周と自分の『この先』について、とか。
 それから、互いの気持ちを知ったからこそ生まれた悩み――『好き』にもいろんな種類があって、周のそれはどんな形をしているのか、とか。
 そういうあれこれに頭を悩ませるのは、もしかしたら幸せなことかもしれない――だけど、健琉は、悩む、という状態に慣れていないのだ。やりたいことしかしないようにしかできていないし、瞬発力で動くから、普段はほとんど悩まない。優先順位を付けるにしたって、いつでも周が一番。だけどそれでは、解決しない問題がある。悩む。

 そういうわけで今、高校二年の横山健琉は、悩み多き夏休みを過ごしている。

(2)横山健琉の独り言 決意と反省と悩み多き夏休みの初め≫

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